バードの麻雀雑記帳

天鳳(チャオってなければ鳳南に居ます)やその他の麻雀記事を集めた雑記帳です、乾きまくった麻雀砂漠に水を掛けてやりたい…

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初フリー~師匠編

このコラムを読んで頂いている方にはすっかりお馴染みであろう人物が居る、「師匠」と呼んでいる友人だ。彼とは18の時に知り合った、友人宅でオレはファミコンとかで握ってる時に隣の部屋で麻雀をやってたのが彼(今思えば彼が安い台でやってたのが信じられない)らだ。当時は麻雀をしなかったから何が面白いのか全く理解できなかった、なので彼と仲を深めたのは麻雀をし始めてからということになる。

同窓会の時に麻雀の話になり「オレも相当打ってるよ」のようなコトを言ったら彼が興味を示した、「お前向いてると思ってたよ」と言う。理由を聞くと「チンチロ強かったから」とのこと、あんなの腕もへったくれもないけど確かに当時勝っていた。それから「じゃあ打とう」ということになったんだけどまぁ強い、驚いた。

まず牌捌きからして相当なものである、凝視しても小手返しされたらツモ切りか手出しか分からない。右端からクルクルと回して左端まで回してまた戻すなんてのは初めて見た、後、房州さんがやる片手でパタパタと倒すヤツ(蛍返しというらしい)をキレイにやるのも初めて見た。まぁこんなのは小手先のものでしかないがどれだけ牌が手に馴染んでいるか、よく分かった。

後、麻雀格闘倶楽部をオレがやってると言ったら「オレもやってる」と言う。一緒に打ったらなんと全国ランカーであった、だが随分前にカードを面倒になって売っぱらったらしい。そのゲームでもやはり強かった、10000戦以上やってて勝率が3割7分とかなんだから相当なものであろう。

昔、オレが待ち合わせのゲーセンであのゲームをやってたら彼がやって来て後ろで見てた。そしたらリーチが入り無筋の牌を持ってきて一度だけ使える「長考」ボタンを押した。そしたら彼が言う、

「ん?何迷ってんの?」

「どうしようかなぁって。」

「行くにしろやめるにしろそんな牌は大通しでしょ。」

と言われた。そこから彼はリーチの手牌全部を読みに掛かった、雀頭まで言い切って見せる。そして手が開かれると一箇所だけ外れてたが後はそのまんま彼の言うとおりだった、マジックでも見せられたような気になったものだ。

「あぁ、ズレたか。」

と言うものの当時のオレには全く理解出来なかった話である、多分今でもそうだろう。その時は知らなかったけどフランケンの竹井みたいだなと今は思う、あのマンガで描かれてるようなコトをやっていた。

因みに彼は理系の人間である、かと言って所謂「デジタル」という気もしない。様々な引き出しを持っている、その数は計り知れない。

オレも彼のようになりたくっていつも色んなことを聞いた、けどいつも彼はマトモには教えてくれなかった。どうせ理解できないと思ったんだろうか、ヒントのようなものしかくれない。だから特に何も教わってないけど自分より絶対強いからという理由で「師匠」と呼んでいる。

あぁ、そういえば一つだけ教わったな。「発声は低い声で」らしい、なぜ?と聞くと「高い声の強い打ち手に会ったことがあるか?ないだろ?」とのことだった。決してそんなことはないと思うが彼に教わったのはこれくらいのものだ。

こういう具合で仲が深まり彼とはたまに一緒に打つ機会があった、彼は街のフリー雀荘に行かないからどうしても打ちたい時はオレが誘って無理矢理連れてったり。後はセットか、彼のせいでとんでもない台で打ったこともあった(詳しくは「誕生日祝いセット」の回を参照のこと)。

しかし―強い、半荘単位で上になったことはあるが全体を通して彼より上回ったことは一度も無い。最初は「アツい」とか思ったけど今ではもう思わない、ただ1ミクロンでも彼に近づきたかった。

人読みだとか体勢読みだとか山読みだとかある、これは上達すれば少しは身につくのかもしれない。が、彼に言わせると一番単純なのは打点(当然手牌も)読みらしい。まぁある程度まで行けば格段に上達するものでもないだろうからそういった部分での上達が必要になってくるのだろう、彼の精密な打点読みは何度も目の当たりにした。

オレがリーチを打っている、

「ゴーニーで勘弁してくれ。」

とロン牌を切ってくる。

「ロン、5200。」

苦笑しながらあがる、裏ドラも乗らなかった。「どうして?」と聞くと彼はニヤニヤするばかり、早目に打たれたリーチにベタオリばかりしてる自分にはやはり理解出来ないのだろうか…。

師匠列伝はたくさんあるんだけど中には書くのに適さないものもあるからまた別の機会に書きたいと思う。

何も教えてはくれないのだが彼の麻雀後とかにご飯と酒を何度もご馳走になった、吉野家だった時もあったがだいたい回らない寿司屋が多かった。

麻雀の話ばかりする訳でもなく飲みつつ雑多な話をする、彼も酒飲みだから大抵長っ尻。麻雀で絶対に追いつけない何かを持つ彼の感性はいつもオレの何かの琴線に触れた…。

会計、寿司屋の大将が

「二万でいいよ。」

と言う。彼が払って外へ、そしたら

「あの店ホントはこんなに安くないんだぜ。」

と彼が言う。

「負けてくれたのかな?」

と言うと

「バカ、オレらどう見ても金なんか持ってそうに見えないだろ?だからだよ。」

「確かに、ラッキーしたね。」

「結局―、あの大将にも何も見えちゃいないんだよ。」

「えっ?」

「いや、何でもない。」

確かにそう言った、こんな何気ない会話の中に彼の強さを学ぶ「ヒント」があるように思えた。

年明けに、同窓会で再会する。麻雀を打つか分からないけど是非打ってみたい。だけど―

麻雀から離れているオレの見せられるのは所詮「去年の花火」でしかないのは残念で仕方ないが…。


追記:そういえば彼とももう数年は連絡すら取り合っていない、そろそろお手合わせを願いたい。ネット麻雀で鍛えた腕がどこまで通じるか試してみたいものだ…。

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初フリー~一人反省会編

勢いに任せて初めてフリー雀荘へ、そしてリベンジを果たしたのがこないだまでの話。今回からは様々な場所で打った時代の思い出を。

当時大学生だった自分はだいたい前日に街の「当たり」をつけて出かける、そして学校が終わったくらいからその街に出向く。目的の場所に着くと、雀荘とバーを探しておく。電車も無い時間に負けたら非常用に取っておいた5千円で飲みに行ってた、非常用とは言いつつ何度出動したか分からない。

持ち物は雀荘用の服と種銭、服は一晩中雀荘に居ると自分から発してるとは信じたくないような香りを放つ。だから最初から違う服を持っていた、黒い上下、当時それを「戦闘服」と呼んでいた。種銭は普段の財布とは別のラッキーストライクの小銭入れとマネークリップ、台にもよるがそれなりには持って行っていたと思う。

そんなある日、負けた―。宵の口から打ち始めて27時にはオケラになった、そんな台の高い店じゃない、なのに牌にことごとく翻弄されて店を後にした。

当たりを付けておいたバーへ、まだ開いているのを確認して行ってみる。静かな店でよかった、とても騒がしい場所で飲みたい気分にはならないからだ。

「5千円しか無いんで安い酒お願いします。」

気取っても仕方ないので正直に言う、元はと言えば負けた自分が悪い。こうして出会ったのが「オールド・クロー」、今でも飲む度に負けた夜を思い出す酒だ。

後は今日の対局内容を振り返る、「あの牌が行けないならいつ勝負する?」だとか「あの放銃で今日は終わったな」だとか「あの手はリーチだったのか、ダマだったのか?」なんてのをひたすら反芻する、思えば二度と同じ手牌にもツモにも面子にも場況にも出会えないのだから考えても仕方ないのかもしれない。けど当時は随分長い時間そうしていたものだった、まるで―ヌルい自分に罰を与えるように。

「どうかされたんですか?」

出し抜けにマスターに聞かれる、

「麻雀で負けちゃって…。」

正直に答える。

「あぁ、てっきり失恋でもされたのかと思いましたよ。」

「同じくらいはツライですね…。」

確かにカウンターの隅っこで溜息つきながら飲んでる若造はそう思われても仕方ないだろう、変な客だったと思う。

気付けばマスターと二人きりになっていた、特に話しかけるでもなく酒が無くなる頃黙ってお代わりを注いでくれる。「まだ(お代)大丈夫ですか?」と聞くと「まだまだ大丈夫ですよ」と言ってダブル以上注いでくれていた、今思えば相当サービスしてくれていただろう。

大敗した夜、思えば心に余裕が全くなくなっていた。気付いたら既に朝、オレさえ帰ればマスターの仕事が終わるというコトにようやく気付いた。

「長居しちゃってすいません、帰ります。」

謝りつつ席を立つ、すると

「まだいいじゃないですか?それよりお腹減ってませんか?」

と尋ねられる。

「ホントに5千円しかないんですよ、もう頼めません。」

「いえ、私も食べる簡単なものですからお代は結構ですよ。それより麻雀は今晩を境にもうされないんですか?」

「いや、さっきまで100回くらいそう思ってたんですけど今からでも打ちに行きたいです。」

「そうですよね、いらしてから何も召し上がらないからそろそろお腹も減りますよ。それにこれからまた行くなら体力から負けてたら最初から勝ち目がないじゃないですか、すぐ出来るんで待ってて下さいね。」

そう言ってラザニアを出してくれる、涙が出るほど美味しかった。そういえばオレは雀荘で食事をすることがまず無い、打ちながら食べるのが好きじゃないし第一タバコの吸い過ぎで食欲が沸かない。だからか、麻雀の後に猛烈な空腹に襲われることがある。そういったことや、マスターの優しさに触れて頂いたラザニアはどんなものより美味しかった、あっという間に平らげた。

「4千円でいいですよ、また近くに来たら寄ってくださいね。」

そう言って送り出してくれた、雀荘は通いたいような店でもなかったがこれ以降ちょくちょく顔を出すことになった。

家に帰りシャワーを浴び、着替えて大学へ、もちろん種銭を補給して出かけた。当然一睡もしていない、が、早く打ちたくて眠っている場合ではなかった。

学校が終わるとすぐ雀荘へ、その日は手が軽く多分誰がやっても勝てるような展開。選択を間違えないで打ってられれば結果は素直についてきた、「お兄ちゃん、強いねぇ」なんて言われるが24時間以内にあんだけ大敗してきたばかりなのは黙っておいた。

「昨晩の何かが勉強になったんだろうか?」

こんなことを思うから負けた後のバー通いがやめられなかったのかもしれない、しかしあの無駄とも思える数え切れない夜が血となり肉となって体に刻み込まれたんだと思っている。

そして―、数年後知り合うことになる友人にこの話をすると「全く同じことをしてた」とのこと。彼とはそれ以降これまた数え切れないくらい麻雀を打ち、酒を飲んだ。

一人反省会が二人反省会になった、オレにとっても嬉しいことだ。ついこないだも彼と、「牌も恋人もよく裏切るけど酒は裏切らないからいい」と言って、笑い合ったのだった…。

追記:麻雀日記ながら麻雀がほとんど出てこないけどご容赦下さい。件のバーには1年ほど前に仕事のついでに行ってみた、そしたら表のドアに「貸店舗」とあった。いい店を失くしたものである、この日記を麻雀をしないから絶対に読まれないだろうけどさんざ世話になったマスターの東氏に捧ぐ。


追記2:酔っ払ってクダを巻いたこともある、いつでも柔和なマスターだった。年齢こそ違うけど横浜のセット雀荘のマスターとなぜかカブってしまう、共通点はどちらの方にも世話にしかなってないことだ。
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初フリー~リベンジ編

勢い勇んで突撃した初雀荘が2千円の負けだったのは前回までの話、悔しくて次の日早速また行ったのが今回からの話。

次の日もだいたい同じ時間に雀荘に着いた、昨日ほどの緊張は無い。今日も卓に着く、昨日とは全く違う人たちと。そんな当たり前だったことがこの時は新鮮だった、ウキウキした気分で麻雀と戯れた。

慣れるまでが大変でその後は最初の緊張が嘘のよう、これが人間の常。毎回の配牌を取るのが楽しくて仕方が無いレベル、待ち侘びつつ取る配牌は軽くあがり形もキレイなものだった。こんな下手そうな小僧に負けるのなんて我慢ならないだろう、同卓者の熱気がオレにも感じられた。

当時は摸打が遅かった、今は卓の誰よりも早ければいいと思っている。下手だから遅くていい訳でもなく上手いから遅くていい訳でもない、BPMで捉えるトコがあって…バラードは嫌いだ。周りに迷惑を掛けたくないと思いつつ格闘、結果が付いてきたから不思議なものだった。

けどこの店はいつも同じような人たちばっかりで初心者ながらに好き嫌いが出て来た、収支表によると10万浮いている。もうリベンジは済んだと自己完結しこの店を離れることにした、あとこの店のママに「学校行かないと打たせないよ」と叱ってもらったのも一因だった。

勝ち逃げ、これがギャンブルの鉄則であるのは疑いようがない。いいトコでやめられた気もする、けど麻雀打ちたいけどどうしたらいいんだろう?それで雑誌を買って来て「テンゴ」という言葉を知る、しかも横浜で家からも近い。早速明日行って見よう、行動力だけは相変わらずだった。

今でもそうだけど初めて行く店はドキドキする、けどなんだか若いメンバーが多くて元気があった。そう、ここが横浜の某店だった。この店には活気があるように感じられた、年上の兄貴みたいなメンバーが多くて話すと楽しかった。今では年下のコばっかりだ、やはり歳は取りたくないものだった。

雰囲気が気に入って通ってみたけど収支がどうも安定しなかった、ジレンマに襲われた。当時は収支を意識してるってよりお腹いっぱいになるまで打つってカンジ、勝ってるのに負けてるという不思議な現象が起きた。

当時は横浜に出るのに通学定期が全然通ってないルートを通らなければならなかった、しかもバイト先でゲームの麻雀を打つのにも金が掛かる。どうしたらいいんだ?難しい問題だった。

帰ってこないだ買って来た雑誌をまた読んでいると答えが見つかった気がした、最後のほうに雀荘の広告がたくさん載っている。行けそうな場所だったらいろんな店に行って見よう、それが収支を安定させるとは到底思えないオレが出した答えだった。

当時は今では考え付かないような完全主義者だった、麻雀のせいでしなければならないことがおろそかになるのがイヤだった。大学も行くし、英語力も落とさないように電車では新聞を読んで。バイトもやって塾講師のバイトも始めた、ヒマが嫌いなオレは少しでも充実させたいって思いがあった。書いている自分の話、今では信じられない。どこで変わってしまったのか?思い出そうとしたけどもう思い出せなかった。

何はともあれいろんな場所に行ったけど関東は広かった、様々な麻雀が打てた。自分の麻雀を大きく成長させた時期、強くなってどうなりたいかなんてのは分からなかった。結局今でも分かりはしない、果て無き麻雀砂漠、後ろにはもう陸地は見えないような気がした…。
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初フリー~初参戦編

大学2年になった時、急に時間が出来た。いつも遊んでた友人は就職し彼女はバイトを2つも始めた、オレには…何も無かった。

ホントに気まぐれで入ったゲーセンで麻雀格闘倶楽部を打つと楽しさに気付く、まぁ多少は知ってたからゆっくりだけどランクアップしていくというシステムにやり甲斐を感じたものだった。けど点数は分からない、チャンタと純チャンの差も知らなかった。

のめり込むと危ないオレはとんでもなくのめり込んで行った、プレステのゲームを買ってきて寝る前に限界が来るまで毎晩打ってから寝てた。すると点数計算も覚えて1ヶ月くらいで格闘倶楽部も最高段位まで上げた、当時はそんな難しいコトは考えてなかったと思う。手牌を作り上げるのとあがった時の喜び、それがすべてだった。当時の格闘倶楽部もまだ黄龍が少なくてゲーセンにいると一目置かれたものだった、「あの学生強いのかな?」と思われるコトが嬉しかった。真相は金と時間があってそれを使っただけ、拙い麻雀を打ってたと思う。

そんなことをしてると実際に打ちたくなるもの、セットみたいなことしかしたことなかったし。けどどこに行けばいいかも所持金も何も知らなかった、知ってたのはコーヒーをアリアリと頼むことだけ。悩んでても仕方ない、明日行ってみようと決めた。

次の日に思い立って某ピン雀へ、なんかとんでもなくドキドキしたのを覚えている。所持金は3万円、無くなったら帰ろう、そんな気持ちだった。

ルール説明をされて卓へ、ワン入りで卓が立った。飲み物はアリアリ、それしか知らなかったんだけどこれは今も昔も変わらない。

なんだか思ってたよりいい雰囲気だった、分からないコトは教えてくれるし。牌捌きは最低だったがオレの初ギャンブルでは必ず発揮するビギナーズラックでそんなに悪い成績にはならない、雰囲気が分かった4半荘目でラス半コール、成績は2142位だった。

帰り際財布を見ると2千円無くなっている、「このままじゃ悔しいな…」明日また来ようと心に決めたのだった。

そういえばここのメンバーは「自分それです」と言って牌を倒すし周りは「満州事変!」だの「満千!」などと言って倒してた、マナーも何も知らないオレは普通なんだと思ってた。ふとそんなコトを思い出すとおかしくて仕方ない、どうやら初フリーは最低の店選びをしてしまったのかもしれなかった。

思えばここが地獄の1丁目のような気もしないでもない、のめり込むとほとんどパラノイアのオレは早速次の日に同じ店の門を叩いたのだった。その後格闘倶楽部設置のゲーセンでバイトを始める、麻雀砂漠に足を踏み入れた記念すべき1日だった…。

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Author:バード(メン)
訪問ありがとうございます、天鳳やその他麻雀関連のブログです。天鳳で起こった出来事や麻雀を軸とした物語を実話だったり想像で書いています。天鳳ID:焦燥のバラッド(八段、鳳南民)

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